「JSRという会社、最近よく聞くけれど何がすごいの?」そんな疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。JSRは、私たちの生活に欠かせないスマートフォンやPCの性能を左右する「フォトレジスト」で世界トップシェアを誇る、日本が世界に誇る材料メーカーです。
かつては合成ゴムの国産化を目的に設立された国策会社でしたが、現在は最先端半導体製造の鍵を握る「縁の下の力持ち」として、国家レベルでその存在が注目されています。
本記事では、JSRの圧倒的な技術力から、JIC(産業革新投資機構)による買収の背景、そして未来に向けた新戦略まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。
JSRが「世界に欠かせない半導体材料メーカー」と言われる理由
JSRは、最先端の半導体製造に不可欠な材料を供給するグローバルなテクノロジーリーダーとして評価されています。独自の高分子技術を基盤に、デジタル社会の進展を支える極めて重要な役割を担っているためです。
フォトレジストで世界トップシェアを誇る圧倒的な技術力
JSRの最大の強みは、半導体の回路を描く際に使用する感光性樹脂であるフォトレジストの圧倒的な市場占有率にあります。特に先端分野での存在感は際立っており、以下の実績がその技術力を裏付けています。
- ArFフォトレジストにおいて、グローバルで30%程度の高い市場シェアを維持
- 世界で生産される半導体全体の約3分の1に、JSRのフォトレジストが使用されているとの推計
- 液晶パネルの製造に欠かせない配向膜において世界シェア約50%、トップクラスの地位を確立
私たちのスマホやPCの進化を影で支える「縁の下の力持ち」
スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器が高性能化・省電力化を続けている背景には、JSRが提供する精密な材料が不可欠です。半導体の微細化が進むほど、それを実現するための高品質な材料が求められます。
| 製品カテゴリー | 役割と貢献 |
|---|---|
| リソグラフィー材料 | 極端紫外線(EUV)などの光源に対応し、ナノ単位の超微細な回路形成を可能にする |
| プロセス材料 | 半導体基板を平坦化するCMPスラリーなどを通じ、製造工程の歩留まり向上に寄与する |
| 先端実装材料 | 複数の半導体を高度に組み合わせる実装工程において、デバイスの小型化を支える |
上場廃止と赤字を経てでも国が守るべき「経済安全保障」上の重要性
半導体が「戦略物資」としての重要度を増すなか、日本政府系の産業革新投資機構(JIC)がJSRの買収を決定し、2024年に非上場化が実施されました。これは、単なる一企業の救済ではなく、国家レベルの経済安全保障を強化するための戦略的な動きです。
地政学的リスクが高まるなか、半導体材料の安定供給は国家の安全保障を維持するための基盤となります。材料分野で日本企業が高いシェアを持つ強みを維持し、国際競争における優位性を確保する狙いがあります。
単独株主(JIC)の下で、短期的な収益にとらわれず、次世代技術への巨額の先行投資を迅速に実行できる体制を整えました。
JICによる買収と新社長が描く、JSRの最新戦略
JICの傘下に入ったJSRは、2025年4月に就任した堀哲朗社長の主導により、利益重視の「普通の会社」への脱皮と自律成長を目指す新たな中期経営計画を始動させました。
ライフサイエンス事業の非中核化と売却による財務体質の改善
JSRは、これまで成長の柱の一つに掲げてきたライフサイエンス事業を「非中核事業」へと位置づけ直し、大胆な構造改革を進めています。減損損失などで不調が続いていた同事業を切り離すことで、財務体質の抜本的な改善を図る狙いです。
具体的には、体外診断用医薬品などを手掛けるIVD事業を約820億円でトクヤマへ売却し、2025年10月に手続きを完了しました。さらに2026年には、バイオ薬関連材料事業をドイツのメルクへ、医薬品開発業務受託機関(CRO)事業を中国企業へ売却する手続きも完了させる予定です。
JSRは、これら一連の事業売却によって得られた資金を、非上場化に伴う巨額のローンなどの負債圧縮へ優先的に充てていきます。財務を早期に健全化させることで、同社の屋台骨であり今後の成長を牽引する半導体材料を中心とした事業への投資余力を高める方針です。
業界再編より優先する、利益を生む「普通の会社」への自律成長
JSRは、当初期待されていた半導体材料業界の再編を主導する前に、まずは自社の収益力を安定させることを最優先事項に掲げています。2024年度に計上した巨額の最終赤字(2,177億円)からV字回復を遂げるため、現在はその土台作りが急ピッチで進められています。
具体的には、負債の圧縮とオペレーションの正常化を急務とし、まずは自力で成長し利益を生み出せる「普通の会社」へと復帰することを目指しています。
2025年度にはコア営業利益300億円超を見込んで大幅な黒字化を達成し、長期的には2030年までにデジタルソリューション事業を成長の牽引役として、コア営業利益1,000億円を達成するという力強い目標を掲げています。
ラムリサーチなど海外装置メーカーとの次元の異なる協業シナリオ
こうした自律成長と圧倒的な競争力を実現するための戦略として、JSRは自社の材料技術と、海外の有力な半導体製造装置メーカーの知見を融合させるオープンイノベーションを加速させています。
その代表的な事例が、2025年9月に和解・締結された米ラムリサーチとの次世代半導体製造に向けた相互ライセンス供与および共同開発契約です。
この協業により、次世代技術であるドライレジストを用いたEUVリソグラフィーの普及に向け、ラムリサーチの持つ成膜・エッチング技術(装置)とJSRのレジスト技術(材料)の両面から最適化を進めます。
JSRは、このような装置メーカーとの「これまでと違った次元」での密接な連携こそが他社にない差別化要素になると考えており、顧客である半導体メーカーに対して、より実用的で高度な技術ソリューションを早期に提供していく方針です。
私たちの生活を豊かにするJSRのコア技術
JSRは、祖業である合成ゴムの製造で培った独自の「高分子技術」をベースに、デジタル社会の進化を支える多様なマテリアル(素材)を提供しています。
半導体の微細化を牽引する次世代EUV向け「メタルオキサイドレジスト」
スマートフォンやAIの進化に伴い、半導体には「1ナノメートル世代」とも呼ばれる極限の微細化が求められています。JSRはこの次世代技術の鍵を握る革新的な材料「メタルオキサイドレジスト(MOR)」の事業化を推進しています。
2021年には、このEUV(極端紫外線)向けMOR技術のパイオニアである米インプリア社を完全子会社化しました。従来の主流である化学増幅型レジスト(CAR)に代わる高解像度な次世代材料として、半導体性能の飛躍的な向上が期待されています。
さらに、韓国・清州市にMORの最終生産工程を担う新工場を建設し(2026年稼働予定)、国内でも関東エリアに新たな研究開発拠点を整備するなど、世界的な需要増に応えるグローバルな供給体制の構築を急ピッチで進めています。
画面を美しく、省エネにする「ディスプレイ・エッジコンピューティング材料」
液晶や有機EL(OLED)ディスプレイの性能と付加価値を左右する材料分野でも、JSRは高い競争力を誇ります。
液晶パネルの表示に欠かせない「配向膜」では世界シェアの約50%を握るなど、絶縁膜と合わせて世界トップクラスのシェアを確立しています。また、有機EL向けには、折り曲げ(フォルダブル)や曲面設計に対応できる「低温硬化絶縁膜」などを開発し、次世代モバイル端末の普及を陰で支えています。
さらにエッジコンピューティング分野では、スマートフォンのカメラモジュール等に使われる「近赤外線(NIR)カットフィルター」が競争力を増しており、販売を大きく伸ばしています。
身近な製品を支え、高付加価値化を進める「合成樹脂事業」
JSRのルーツである合成ゴム技術から派生した合成樹脂事業は、現在も安定して黒字を生み出す重要な収益基盤です。
自動車の内外装や家電製品などに幅広く使われるABS樹脂を中心に展開しており、近年は顧客の高度なニーズに応える特殊なポリマーアロイの開発に注力しています。例えば、プラスチック部品が擦れ合う不快なきしみ音を抑える「HUSHLLOY(ハッシュロイ)」や、無塗装でも美しく発色する「VIVILLOY(ビビロイ)」などが代表的です。
今後は、中国やインドといった成長著しい自動車市場への展開を強化するとともに、ロボット分野など新たな市場の開拓にも挑んでいます。
JSRの進化が日本社会や私たちの未来に与える価値
JSRの成長は、単なる一企業の飛躍にとどまらず、日本の産業界全体にポジティブな影響を与え、次世代の技術基盤を確固たるものにする大きな意義を持っています。
日本の半導体復権を支える材料供給基盤の強化
最先端半導体の国産化を目指すプロジェクト「ラピダス」において、JSRの前名誉会長である小柴満信氏が社外取締役を務めるなど、同社は日本の半導体産業再興に向けて人的にも深く貢献しています。
近年、半導体は経済安全保障上の「戦略物資」として重要度を増しており、国内サプライチェーン(供給網)の強化が急務となっています。政府系ファンドである産業革新投資機構(JIC)によるJSRの買収と非上場化も、国を挙げてこうした国内の半導体産業基盤を強化する狙いがあります。
最先端半導体の製造を成功させるには、日米欧と連携しつつ、国内に製造・設計・材料の一貫したエコシステム(生態系)を築くことが不可欠です。
JSRは非上場化による機動的な資金力を背景に開発・生産体制を強化し、世界トップシェアを誇るフォトレジストなどの材料分野で圧倒的な競争力を発揮することで、日本の半導体復権を力強く後押ししています。
データサイエンス(MI)を駆使した材料開発スピードの飛躍的向上
JSRは、AIや計算科学を素材開発に活用する「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」を業界に先駆けて推進しています。
「RDテクノロジー・デジタル変革センター」を新設してデータ駆動型の研究開発体制を構築し、熟練研究者の経験とパラメーターの自動計算などを融合させることで、新材料の開発期間を大幅に短縮しています。
さらに、東京大学との協創拠点「CURIE」の設立や、IBMの量子コンピュータを活用した共同研究など、最先端テクノロジーを取り入れた素材開発にも積極的に挑んでいます。
官民一体の投資で日本の「ものづくり」を次世代へ
政府系ファンド(JIC)の支援とJSRの技術力が融合することで、日本のものづくりの強みが未来へと受け継がれます。
民間企業単独ではためらいがちな、リスクを伴う先端技術への大規模な先行投資も、公的資金の裏付けにより迅速に実行できるようになりました。また、次世代を担う技術者の育成や国内の研究拠点の強化を通じ、日本が世界に誇る技術的優位性を守り抜きます。
同時に、持続可能な地球環境への貢献として、環境負荷の低い「PFASフリー」材料の開発をいち早く進めるなど、先進企業としての社会的責務も果たしています。
JSRの現在地を知り日本の半導体産業の再興を応援しよう
JSRは現在、ライフサイエンス事業の不調による一時的な赤字や、事業売却といった厳しい構造改革の渦中にあります。しかしその先には、利益を生み出す強い企業体質への変革と、グローバルトップの先端技術企業としての再上場・再飛躍を見据えています。
現代の「産業のコメ」である半導体を、根幹の材料から支えるJSRの挑戦は、日本の未来を切り拓く重要な鍵です。圧倒的な技術シェアと、国策としての安定した支援体制のもとで進化を続けるJSRの歩みに、これからも大きな期待と注目が集まります。
